介護業界のいま

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精神科入院で認知症は良くなるのか?
(2015年1月29日)

◆精神科病院維持のために認知症高齢者を受け入れ?

2015年1月27日、認知症施策推進総合戦略、”新・オレンジプラン“が発表されました。このプラン策定に当たっては、認知症当事者やその家族を含めたさまざまな人の意見を聞き、認知症の人やその家族の視点に立って施策を整理した、とされています。

「認知症の理解を深めるための普及・啓発の推進」「容態に応じた適時・適切な医療・介護等の提供」「若年性認知症施策の強化」「介護者への支援」など、7つの柱はどれも実現されれば素晴らしいことばかりのように見えます。しかし、このプランについて、認知症施策や精神科医療について詳しい有識者が厳しく批判しています。

厳しい批判を浴びているのは、「早期診断・早期対応を軸とする循環型の仕組み」構築を推奨し、この仕組みに精神科病院への長期入院も組み込んでいる点です。認知症の人にとって、本来、精神科病院は最も適さない環境。にもかかわらず、循環型の仕組みが精神科病院の経営維持のために提案されている点が問題だと指摘します。精神科病院の経営は、統合失調症などの精神疾患の入院患者が減り、厳しくなっています。そこで、認知症高齢者を受け入れることで経営を維持しようという病院の思惑に自民党議員が押されて、最終段階でこうした文言が組み込まれたというのです。

◆認知症は入院すればほぼ確実に悪化する

その真偽のほどは私にはわかりません。しかし、精神科病院がどれほど良心的に認知症の人をケアしようとしても、介護施設や在宅のようなケアを提供するのは難しいということはよくわかります。

私自身、社会福祉士として成年後見人を務めている認知症の方の入院を2回経験しました。1回目は体調不良での一般病院への入院。歩けていた方が、1週間の入院で歩けなくなり、認知症も進行。退院後、心身共にほぼ元の状態に戻るまで、1か月以上かかりました。認知症高齢者の入院治療は、よほどの必然性がない限り、避けた方がいいのではないかと考えるようになりました。

もう1人は、万策尽きてやむなく精神科病院に入院してもらったケース。入院後の心身の状態悪化が著しく、入院させずにすむ対応法はなかったかと、今も悔やまれます。

精神科病院を含め、医療機関というものはどこも治療の場であり、生活の場ではありません。刺激の少ない白い壁に囲まれた環境で過ごすことで、たとえば、さまざまな刺激が病状を悪化させることのある統合失調症の人であれば、改善が期待できるかもしれません。しかし、生活の中で受ける適度な刺激が認知機能低下の抑制につながる認知症の人は、刺激のない環境の中では認知機能をさらに悪化させてしまいます。そして、寝かせきりや車イスへの拘束によって、身体機能をも著しく低下させることになります。歩いて買い物に行けていた人が、2、3か月で寝たきりになることもあるのです。

それは、精神科病院の限界でもあります。少ない人員配置の中では、転倒リスクのある認知症患者は拘束せざるをえない、と精神科病院の看護師はいいます。多くの場合、精神科病院には身体的リハビリテーションを実施できる体制もなく、寝たきり、座ったきりで動かす機会が少なくなった高齢者の身体の機能は、日に日に衰えていきます。入院すれば、残念ながらほぼ確実に認知症の人の心身の状態は悪化してしまうのです。

新オレンジプランでは、「長期的に専門的な医療サービスが必要な場合もある」と書かれています。しかし認知症の人の長期入院は前述の通り心身の状態を悪化させ、「入院したがために退院できなくなる」という皮肉な状況が生まれることになりかねないのです。

◆精神科入院より訪問診療で対応できる体制整備を

長く認知症の人の在宅診療をしていたある精神科医は、認知症の周辺症状が厳しいなど、在宅でのケアがどうしても難しく、入院させるしかなかったというケースは、これまでほんの数件しか経験したことがないと言います。在宅の環境調整や薬の調整によって、症状を落ち着かせることは十分できるというのです。

一般病院では入院期間の短縮化が推進され、在宅医を増やすなど、在宅療養ができる環境整備が進められています。なぜ精神科医療は在宅療養を推進しないのでしょうか。認知症の人は、特に初期段階では自分が認知症であることに気づけない、あるいは認めたくないために、家族に勧められても受診を拒否する人が少なくありません。これが、新オレンジプランでも推奨している「早期診断・早期対応」の障壁ともなっています。

前出の精神科医は、だからこそ訪問診療が効果的だといいます。「この地域の健康診断に回っている」といって医師が訪問すれば、拒絶する高齢者はほとんどいません。医師が心身の状態を問診し、困っていることを聞き取ることで、受診を促したり、介護サービスにつなげたりしやすくなります。

これからは、新オレンジプランで設置目標数値が引き上げられた「認知症初期集中支援チーム」が、そうした隠れた認知症の人を掘り起こす役割を担っていくことになります。このチームには「認知症サポート医」が関わることになっています。サポート医が訪問精神科医であれば、より機動力を持って適切な診断や対応、介護に対する助言ができるはずです。しかし残念ながら、訪問診療に積極的な精神科医は、まだ多くありません。

認知症の人ができるだけ住み慣れた地域で暮らし続けられるようにする。国が本気でそう考えているのなら、精神科入院による長期的な医療サービスの関わりではなく、訪問精神科医による長期的な医療サービスが提供できる体制整備を考えるべきではないかと感じました。